東京の街並みに、美学はあるのか
1.再読 街並みの美学
大学時代、入学前の課題図書として配られた(買わされた?)本を改めて読んでみた
最初に読んだのはもう7年も前になる
やれやれだ
http://www.amazon.co.jp/街並みの美学-岩波現代文庫-芦原-義信/dp/4006000499
日本人と西欧人は、空間領域の認識の仕方が根本的に異なることについての説明から始まり
そのことが現代の日本と西欧の街並みの違いに、如何なる作用を及ぼしているか
もっと直接的に表現すると、なぜ日本の街並みは西欧と比較しこんなにも醜いのかを
広場や街路など都市空間の構成要素毎に考察する
特に日本人の空間認識についての解説がかなり自分にも身に覚えのある内容だったり、知ってる街が事例としてたくさん出てきたり、素人でも親近感を持って抵抗なく読み進めていける
なるほど、これから街並みの良い悪いを学ぼうとする新入生にぴったりな内容
当時の教師陣にグッジョブと言ってあげたい
ここでな、この本の中で街並みを豊かにする要素の一つとして提言されている『建築の正面性』を手掛かりに
東京の街並みについて思いついたことをだらだらと書いていく
2.まず『建築の正面性』ってなんぞや
超ざっくり平たく言ってしまうと
・ヨーロッパのイケてる街は、重要建築物(教会、宮殿、市庁舎等)が真正面から見えるように計画されていて
・金と時間をかけた魅力度の高い重要建築物の正面全部が視界に入るわけだから、ヨーロッパの景観は必然的に魅力的
って理論
で、その建築物の正面を眼球を動かすことなく視界に収めるには、建物高さの2〜3倍の距離を取る必要があるから
ヨーロッパの重要建築はだいたい広場とセットになってるか、主要街路の終点(始点)に配置されていて
美しい建築物と一体的に都市空間も整備されているので、街並みも美しくなって当然ですね
というわけ
エッフェル塔@パリ
凱旋門@パリ
etc...etc...
確かに、卒業旅行で行ったイタリアの街並みを振り返ると、ことごとく目立つところに目立つべき建築物が配置されていたなぁと思い出される
古代ローマ時代からの都市の歴史を考えれば、戦後数十年の東京の街並みなんて、インスタントすぎて勝負にすらなってないっすね
と、当時はふてくされ気味に納得していたが
いま改めて『建築の正面性』の観点から考えてみると、歴史の浅さを要因とする建築物の質と量のハンディキャップは仕方ないにしろ
都市空間と建築との関係性の改善を考えれば、日本のしょぼくれた街並みを少しはマシにできるんじゃないの?という気がしてくる
3.東京に当てはめて考えてみる
実際に前述の正面性の視点を日本の街並みに当てはめるべく、とりあえず東京都心部に絞って考えてみる
正面性の確保には、
- 広場とセットにする
- 街路の終点(始点)に配置する
いずれかの方法により、建築のファサード全体を真正面から視界に収めるために充分な距離(建物高さの2倍の距離)を確保する必要があるが
残念ながら、①の広場との連携による正面性の街並みについては、誰しもがすぐに想起できるような印象的な事例は無いように思う
恐らく、広場とのセット開発を民間でやろうとすると、一般的には広場で建物面積を削られた分、建物を高く積むことで収益性を確保することになり
建物全体を視界に収めるための必要距離も長くなるため、結果として広場の確保はできても正面性ある街並みは実現されないためと思われる
また、広場整備の促進を目的とした総合設計制度や特区の設定等の、開発時に一定規模の広場を整備すれば、その対価として容積率割増や高さ制限を緩和を受けてビルをデカくできるという制度の存在も
広場による正面性の実現をますます遠ざける要因として働いている
極端な例を挙げると
広場を大きく整備したことで、当初480%の容積率が670%まで緩和されており
(参考URL:東京ミッドタウン)
最終的な建物高さはスカイツリー・東京タワーに次ぐ都内3番目の248mにまで積み上げられたことで、正面性の条件を大きく逸脱する結果となっている
参考までに数字の検証をしておくと
ミッドタウンの建物高さ248mを視界に収めるために必要な距離は、その二倍の約500mということになるが
実際のミッドタウンの建物から、敷地公園内の最も離れた地点までの距離はおよそ200mで、必要距離の半分も満たない
というわけで
東京都心部において現実的に正面性ある街並みが成り立つとすれば、見通しの良い街路がまっすぐに伸びた先に、当該建物の真正面がぶつかるような、そんな街並みと思われる
欲を言えば街路は歩行者専用であるか、建物高さのちょうど2倍程度離れた位置に歩道橋や横断歩道があって、道路のど真ん中に立って建物正面に向き合える条件であれば尚理想的だ
4.東京最強の正面性建築は『渋谷109』!?
一つも事例が浮かばなかった広場とセットの前者パターンに対し、街路との連携による後者のパターンでは、割と容易く複数の事例にたどり着くことができた
いずれもだれでも知ってるであろう有名どころばかりだ
【渋谷109 正面性検証】
- 建物高さは最も高いシリンダー部分で約50m
- 距離は建物入り口から100m地点でスクランブル交差の横断歩道手前に差し掛かり、駅側に渡った歩道までがちょうど150m
驚くほど理想的な数値でテンション高まる
東京の過密性と多様性を象徴するかのように、1日あたり50万人もの不特定多数の人々が行き交うスクランブル交差点から
偶然にしては出来過ぎじゃあなかろうか
例えるなら、自由の女神像の写真を見て、反射的にニューヨークと思い浮かんでしまうのと同じレベルで
いち商業ビルである渋谷109が渋谷の街そのものとほとんど一体化して認知されるに至っている
このように、建物と都市空間がひとつの塊として記憶される点が、正面性のある街並みの特徴といえると思う
ところで、渋谷109は竣工1979年と、すでにopenから35年以上も経っているかなり年季の入った建物だ
当たり前に、東急プラザ表参道原宿、東急プラザ銀座等のいまどき商業ビルと比較すると、見た目のインパクトでは大きく劣る
それでも、次々openする新規施設に埋もれることなく、今尚街の象徴であり続けているのは
土地建物の配置的な意味でも、人々の脳内イメージとしても
一建物が正面性によって街そのものと完全に一体化することで、忘れたくても忘れようが無い次元に達しているためであるといえると思う
この渋谷109の事例から言えることは
計画される建物が
たとえヨーロッパの教会建築のような歴史蓄積を持たずとも
有名建築家によるネームバリューに頼らずとも
都市空間との関係性に配慮し、建築の正面性を理想的な条件で確保することができれば
都市のアイデンティティ形成に貢献し得るという前向きな事実である
(参考URL:小島ファッションマーケティング / ファッションビジネスサイト)
※渋谷パルコも1973年竣工の同世代で再開発決まってるし、渋谷109もそろそろかもしれない...
5.当たり前のように正面性建築、浅草寺と東京駅
建物単体では大したことない(少なくとも素人にはそう見える)渋谷109に対し
そもそもの建物自体の価値に加えて、更に正面性が上乗せされることで無敵の知名度を獲得しているパターンとして思いついたものを2例書いておく
【東京駅駅舎 正面性検証】
【浅草寺本堂/雷門 正面性検証】
細かい分析はさておき、こういう有名どころが当然のごとく正面性の条件を満たしてくるあたりに、名所が名所たる必然性が表れているようで面白い
6.それでも美学を持つことが大事だと思う
正直なところ、これを書き始めた段階では
経済効率至上主義的に戦後数十年の急拵えで構築された東京で、街並みの美学とか建築の正面性とかそんな綺麗事成立するわけねえだろという先入観から
『東京の街並みが貧弱なのは、建物と都市空間との結びつきの弱さ=『建築の正面性』の欠如に起因する』
みたいな、自虐方向の内容で考えていたのだけれども
パッと思いつく有名どころをいくつか検証してみただけでも、意外にもばっちり正面性の条件に当てはまっていたりして
逆に結論書きづらくなって困っちゃうなぁという感じですが
少なくとも『東京の有名スポットを調べてみると、ヨーロッパの街並みと同様に、正面性の条件を満たしていることが意外と多いらしい』というだけでもまぁまぁ面白い気がするので、とりあえず良しとしておきたい
正面性の街並みは
- 見通しがよくわかりやすい
- 写真うつりもいい(今の時代結構重要だと思う)
集客力や視認性は金儲けに直結することだし
投資回収に向けて適正な収益性が求められる開発事業の自然なロジックとして、正面性の確保を検討してみる価値は十分ありそうですね
というのが、いまの時点でのとりあえずの自分の結論です
『街並みの美学』というと、いかにも綺麗事な感じがするけど
言いたいことも言えない数字に縛られがちなこんな世の中でも、こうして考えてみると案外綺麗事に終わらせずにできることもありそうなので
腐らずに理想や美学を持ち続けることが大事ですね
おしまい
※文章内に記載した建物高さ・距離は、Googlemapのスケール表示による目測と、Googleearthの標高データによる、あくまで目安程度の数値になりますのであしからず